原状回復に纏わる過去の判例  その3        戻る

東京簡易裁判所   平成8年3月18日

概要
 借主Xは、平成3年8月30日、Yとの間で東京都内のアパートの賃貸借契約を締結した。
契約期間は2年間、賃料月額15万円、敷金30万円とし、Xはその前日Yに敷金を交付した。
平成5年8月30日の契約更新時に賃料が5000円増額され、その結果敷金も1万円増額されたのでXは同日Yに敷金を追加交付した。
平成7年8月31日賃貸借契約は解除され、同日XはアパートをYに明け渡した。
 Yは、賃貸借契約書の「賃借人は明け渡しの際、自己の費用負担において専門業者相当の清掃クリーニングを行う」旨の特約に基づき、
クリーニングを含む補修工事等を実施し、27万6,280円を支出したとして、敷金との差し引き3万3,720円を返還した。
このため、Xが交付済みの敷金残額の返還を求めて提訴した。
判決
   本件特約は、賃借人の故意、過失に基づく毀損や通常でない使用方法による劣化等についてのみ、
   その回復を義務づけたものと解するのが相当である。本件について、Xの故意、過失による毀損や通常でない使用による劣化等を認める証拠がない。
   以上から、Xの請求を全面的に認めた。

仙台簡易裁判所   平成8年11月28日
概要
 借主Xは、Yとの間で平成2年2月28日アパートの賃貸借契約(期間、賃料は不明)を締結し、敷金19万8,000円を支払った。
 XYは、平成6年3月31日に合意解約し、Xは同日、本件部屋を退去した。
 退去後、X立ち会いのもとAが本件部屋の点検をし、Aが修繕を要すると判断した箇所および見積額を記載した
「退去者立合点検見積書」を作成したうえで、Xにサインを求めたが、Xは腑に落ちなかったため、一旦は拒否した。
しかし、Aから立ち会いについての確認の意味でのサインを要請され、Xはサインしたが、その場で金銭は支払わなかった。
 Yは、以下の補修工事を実施し、33万6,810円を出損したため、賃貸借契約書の原状回復義務および修繕特約に基づき、
Xに対して修繕費等から敷金を控除した残金の支払いを求めて提訴した。
工事内容
    イ.畳修理
    ロ.ふすま張り替え
    ハ.壁修繕
    ニ.天井修繕
    ホ.床修繕
    ヘ.クリーニング工事
    ト.その他修繕
    チ.玄関鍵交換
    リ.消費税
 これに対してXは、上記修繕費等のうち、ヘからチおよびその消費税については、その支払い義務を認めたが、
その他については、賃借物の通常の使用による損耗であるから、義務はないと主張した。

判決
  • Aの証言は、修繕を要すると判断した損傷箇所の内容等についての具体的明確な説明がなく、
  • Aが部屋自体がそれほど汚いという記憶もなかったということから、
  • イからホの箇所に通常の使用により生ずる程度を超える損耗等があったとは認められない。
  • 居住用の賃貸借においては、賃貸物件の通常の使用による損耗、汚損は賃料によってカバーされるべきものと解すべきで、
  • その修繕を賃借人の負担とすることは、賃借人に対して新たな義務を負担させるものというべきであり、
  • 特に、賃借人がこの義務について認識し、義務負担の意思表示をしたことが必要である。
  • しかし、本件契約締結にあたってこの新たな義務設定条項の説明がなされ、Xが承諾したと認める証拠はないため、
  • 修繕特約によって、新たな義務を負担するとの部分はXの意思を欠き無効である。
  • 修繕特約は、通常賃貸人の修繕義務を免除したにとどまり、
  • さらに特別の事情が存在する場合を除き、賃借人に修繕義務を負わせるものではないと解すべきところ、
  • 本件において、特別の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。
  • 以上から、Yの請求のうち上記イからホの修繕費については、理由がないとして斥けるとともに、
  • Xが敷金と支払い義務を認めるヘ〜チの修繕費および消費税を対等額で相殺することを認めた。

東京簡易裁判所    平成8年3月19日

概要
敷金31万  本契約には「賃借人は明け渡しの際、自己の費用負担において専門業者相当の清掃クリーニングを行う。」という特約があり、
貸主はクリーニングと補修を行い、27万6820円を差し引き、3万3720円を返還した。
判決
  • 建物が時の経過によって古び、減価していくのは避けらず、賃貸人は原価の進行する期間、それを他に賃貸して賃料収入を得るので、
  • 賃貸借終了後、その建物を賃貸開始時の状態に復帰させる事までを要求するのは、当事者の公平を失する。
  • 本件特約は、賃借人の故意、過失に基づく毀損や通常でない使用方法による劣化等についてのみ、その回復を義務づけたものとするのが相当である。
  • 本件について、賃借人の故意・過失による毀損や通常でない使用による劣化等を認める証拠が無いとして敷金31万円全額の返還を命じた。

横浜簡易裁判所    平成8年3月25日

概要
敷金21万4千円  新築マンションの賃貸契約  約6年後に合意解除
借主の使用により46万9474円の工事代がかかり、敷金を返還しなかった。
工事内容
  1. 畳6畳の裏返し
  2. 洋間カーペットの取り替え
  3. 洋間・食堂・台所・洗面所・トイレ・玄関の壁と天井の張り替え
  4. 網入り熱線ガラス二面張り替え
  5. トイレ備え付けタオルかけの取り替え
判決
  • 洋間・食堂・台所・洗面所・トイレ・玄関の壁と天井の張り替えはカビの発生によるものであり、
  • 他の部屋には発生していない事から見ても賃借人の手入れにも問題があったと推測でき、
  • この取り替えについては妥当である。カビについては賃借人に2割程度の責任が認められ、修繕費15万2千円のうち約3万円について負担すべきである。
  • 以上により敷金21万4千円から3万円を差し引いた18万4千円について返還を命じた。

仙台簡易裁判所    平成8年11月28日

概要
敷金19万8千円  本契約には「賃借人(借主)の負担において現状に回復する」という特約があった。
工事内容
  1. 畳修理
  2. 襖張り替え
  3. 壁・床・天井修繕
  4. クリーニング
  5. 玄関鍵交換
以上で33万6810円の費用がかかったとして敷金を返還しなっかた。
判決
  • 部屋の使用状態は通常使用による自然損耗しか見受けられなかった。居住用の賃貸借においては、
  • 賃貸物件の使用による損耗、汚損等は賃料によってカバーされるべきものと解すべきで、
  • その修繕を賃借人の負担とする事は、賃借人に対して新たな義務を負担させるものというべきであり、
  • 特に、賃借人がこの義務について認識し、義務負担の意思表示を明確にした事が必要である。
  • しかし賃借には契約締結時に何ら説明を受けていないし、もちろん意思表示も行っていないので、
  • この特約は無効である。以上から賃借人が負担を認めているクリーニングとかぎ交換費用を差し引き16万1435円の返還を命じた。


最高判  平成17.12.16判決

概要
   
   賃借人Xは、営業用の建物賃貸借契約の終了により建物を明け渡した。
   Xは、賃貸人Yに対して、預託した敷金140万円から、約定の敷金控除額42万円、
未払い光熱費2万円余及び既に返還を受けた39万円余を控除した残金55万円余の返還を求めた。
   これに対して、Yは、賃貸借契約には、通常の使用に伴う損耗(以下、「通常損耗」と言う。)を含めて、
賃借人負担で契約締結当時の現状に回復する旨の特約がある。
   敷金控除額とこれに消費税を加えた44万円余、未払い光熱費2万円現状回復費53万円余及び既払金39万円余を控除すると、
Xに返還すべき敷金残額はないと主張した。
 Xは、敷金の返還を求めて提訴した(簡易裁判所に提起され、その後地方裁判所に移送)が、原審裁判所がXの請求を棄却したことから、控訴した。

判決
   
   これに対して、高等裁判所は次のように判断してXの請求を容認した。
   (1)建物の賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を現状に回復して返還する義務があるところ、
賃貸借契約は、賃借人による賃貸物件の使用とその対価として賃料の支払いを内容とするものであり、
賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。
そのため、建物の賃貸借においては、通常損耗により生ずる投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の
必要経費分を賃料の中に含ませてその支払いを受けることにより行われている。
そうすると、建物の賃借人にその賃借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、
賃借人に予期しない特別の負担を課することになるから、賃借人に同義務が認められるには、
少なくとも賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、
仮に賃貸借契約書で明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、
その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。
  

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